元板前の徒然日記

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陸前高田!奇跡の一本松の里帰り!現在は?画像も!

time 2016/03/11

陸前高田!奇跡の一本松の里帰り!現在は?画像も!

今日は震災から5年後ということもあって「奇跡の一本松の里帰り」について

紹介するで。

5年前、東日本大震災の復興支援で岩手県陸前高田市を訪れた福祉県鯖江市

の澤田半壽郎さん(73)が津波に耐えた「奇跡の一本松」の松ぼっくりから

苗木を育て、陸前高田市に贈るんや。

毎日欠かさず世話し育て上げた苗木を前に「被災地を元気づけることができれば」

と話しているんや。

ほなそろそろ見ていこか。

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奇跡の一本松とは?

太平洋につながる広田湾に面した高田松原は350年にわたって植林されてきた

約7万本の松の木が茂り、日本百景にも指定されていた景勝地やったんやが、

2011年3月11日に発生した東日本大震災の津波により、ほとんどの木が

なぎ倒されて壊滅したんや。

しかし、松原の西端近くに立っていた一本の松の木が津波に耐えて、立ったままの

状態で残ったことから、復興への希望を象徴するものとしてとらえられるように

なり、「奇跡の一本松」「希望の松」と呼ばれるようになったんや。

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始まりは趣味の延長

澤田さんは2011年7月、復興を支援するボランティアとして陸前高田市に

入り、一本松を見に行った時に、趣味のクラフト工作の題材にしようと根元に

落ちていた松ぼっくりを持ち帰ったんや。

紙袋に入れ自宅の冷蔵庫で保管し、翌年春、袋に種子が100粒ほどたまっている

のに気付いたんや。

生命力の強さに心を打たれた澤田さんは、自然体験を指導している鯖江市いずみ

保育園に種子を提供したんや。

命の尊さを伝えようと、園児や学童保育の児童とともにプランターに種をまいたんや。

苦労の連続

苗木になるまでは苦労の連続やったんや。発芽したものの、水のやり方など管理方法が

分からないと保育園から相談され、澤田さんはプランターの苗木を引き取り自ら

管理することにしたんや。

所有する山際の休耕田に約50本を移植したんやが、水分を多く含む土壌は松に

合わず、管理を任されている保育園の畑に植え替えたんや。

「松を育てた経験はなかったので、どうしていいか分からなかった」と澤田さんは

言うんや。畝を作ったり、冬場は屋根付きの囲いを手作りするなど試行錯誤を

繰り返したんや。

毎日畑を訪れ苗木を見守ったんやが、20本ほどは枯れてしまったんや。

投げ出したい時もあったが、「被災地の風景を思い出すと、実捨てることができなかった」。

と語ったんや。

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奇跡の一本松の里帰り

苗木は現在、約30本が高さ50センチほどまでに育ったんや。

今月に入って被災地の現状を伝える報道を見て、「自分にも何かできないか」と考えて、

9日、鯖江市に相談して、苗木を陸前高田市へ届ける協力を得られることになり、

受け入れ時期などについて両市は協議を進めているんや。

澤田さんは「松が自分に助けを求めているような気がして育て続けた。寂しい気もするが、

里帰りさせることになり嬉しい」と目を細めていたんや。

 

いや~。奇跡の一本松里帰りか~。

なんかええな~。ほっこりする。

でも松ぼっくりからでも松って育つんやな。

苦労の連続でも投げ出したりせんかった澤田さんはえらい!

被災地に勇気と希望を与えたと思うで。

ほなまたね。

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